自分を責める毎日が始まった。
コーギーのコタロウを亡くした日から、私の時間は止まりました。
あの子は12歳。持病はあったけれど、穏やかに暮らせていたと思っていました。
だからこそ、突然の体調悪化に気づけなかった自分が許せなかったのです。
「もっと早く病院に連れていけばよかった」「あの時、抱きしめていれば」
気づけば、コタロウの写真の前で毎日同じ言葉を繰り返していました。心が潰れそうな罪悪感と後悔に、誰の言葉も届きませんでした。
コーギーという犬種の“頑張り屋”な性格
後になって知ったのですが、コーギーは痛みや不調を隠す子が多いのだそうです。コタロウもそうでした。
体調を崩していたはずなのに、私の前では尻尾を振って笑っていた(実際にはコーギーには尻尾がない子も多いですが、コタロウには小さな尻尾がありました)。
そういえば、よく私が落ち込んでいるとき、彼なりにそばに来てじっと見つめてくれました。
あの目は、「ママ、大丈夫?」って言っていたのかもしれません。思い返せば、コタロウはずっと私の気持ちを優先してくれていたんです。
アニマルリーディングとの出会い
ある日、ネットで“アニマルリーディング”という言葉を見かけました。
正直、半信半疑でした。「亡くなった子と話すなんて」と思いつつも、どうしてもコタロウの気持ちを知りたいという想いが勝って、勇気を出してお願いしました。
リーディングの結果は、驚くほど温かいものでした。
コタロウは、「ママが笑ってくれるのが一番うれしい」と言っていたそうです。そして、「自分のことを責めないで。ちゃんと伝えてたよ、大好きって」
画面越しに涙が止まりませんでした。
コタロウは最期まで、私に気を遣って、私を守って、愛してくれていた。どこまでも優しい子でした。
「ペットの声」とは、記憶の中にある気配
アニマルリーディングで得られた言葉は、もちろん証明のしようがありません。でも、私はあのとき確かにコタロウと再会したような気持ちになりました。
「ペットの声」って、言葉ではなくて、あの子と過ごした記憶のなかにあるんだと思います。いつもしていた寝る前の挨拶、食事の後にくれる見上げるまなざし、私が泣いているとペロッと舐めてくれた鼻先。
そういう一つひとつが、私の中で今も生きています。
今、同じように苦しんでいるあなたへ
ペットロスは、“普通の喪失”とは違うと思います。言葉が交わせない分、「自分のせい」と思いやすい。そしてそれが長く心を蝕む。
でも、私は思うんです。動物って、飼い主のことをそこまで責めたりしないんじゃないかって。
むしろ、「ありがとう」「楽しかったね」「また会おうね」そんな風に思ってくれている気がします。
コタロウは今でも私の心の中にいます。アニマルリーディングという手段に救われた部分も大きいですが、最後はやっぱり、あの子の生きた証が私を立たせてくれたのだと思います。
だから、もしあなたが同じように苦しんでいるなら、あの子との時間を、何度でも思い出してください。そのなかに、きっとあなたを励ます“声”があるはずです。。

